「どうせ辞めるなら、65歳になる前か後か、どっちが得なんだろう」── 退職日を自分で決められる立場の方なら、一度は計算機を叩きたくなる話だと思います。ネット記事の多くは「64歳11ヶ月で辞めるのが正解」と単純に書いていますが、実際には年金の見込み額と再就職する気があるかで結論はあっさりひっくり返ります。
たった1ヶ月の差で、受け取る給付の制度そのものが入れ替わる。受給総額・受給期間・年金との併給可否、ぜんぶ変わります。4つの観点で順に整理します。
違い①:受給する給付の種類
そもそも受け取れる制度の名前から違います。
64歳11ヶ月までに離職した場合は 基本手当 ── つまり一般的な「失業保険」です。所定給付日数は被保険者期間と離職理由で決まり、60〜65歳未満の年齢区分はこのとおり。
| 区分 | 1 年未満 | 1〜5 年未満 | 5〜10 年未満 | 10〜20 年未満 | 20 年以上 |
|---|---|---|---|---|---|
| 60〜65 歳未満(特定受給資格者) | 150 日 | 180 日 | 210 日 | 240 日 | ― |
| 一般受給資格者(自己都合・定年) | ― | 90 日 | 120 日 | 150 日 | ― |
被保険者期間が10年以上ある会社員なら150〜240日。受給開始から最終支給までだいたい半年強かかります。
65歳到達後に離職した場合は、別制度の 高年齢求職者給付金 が対象になります。被保険者期間1年未満なら30日分、1年以上なら50日分。「日数」とは言いますが、4週ごとの認定で分割支給ではなく 一時金として一括振込 される点が決定的な違いです。申請から振込まで通常1ヶ月以内に終わります。
違い②:受給総額
具体的な金額で並べます。20年勤続・月収40万円・自己都合退職のCさんを想定(賃金日額13,333円、基本手当日額約7,200円)。
| 離職時期 | 適用制度 | 所定日数 | 総受給額(概算) |
|---|---|---|---|
| 64 歳 11 ヶ月 | 基本手当(一般受給資格者・20 年以上) | 150 日 | 1,080,000 円 |
| 65 歳 0 ヶ月 | 高年齢求職者給付金(1 年以上) | 50 日 | 360,000 円 |
差額は 約72万円。額面だけ見れば基本手当ルートの圧勝に見えます。ただしこの150日を実際に受け取るには、4週ごとの認定日にハローワークに足を運び、求職活動の実績を申告し続ける必要があります。月に2件以上の応募や面接が運用上の目安です。
「受給期間中ずっと求職活動を続ける」という前提を維持できるかどうかが、額面どおりに受け取れるかの分かれ目になります。
違い③:老齢年金との併給可否
判断を最も難しくするのがこれです。
65歳未満で基本手当を受給している間は、特別支給の老齢厚生年金が支給停止 になります。求職申込みをした月の翌月から、基本手当の受給が終わる翌月までずっと年金が止まる仕組みです。基本手当の受給期間が約6ヶ月の人なら、半年分の年金が消えます。年金月額が18万円なら108万円のマイナス、というふうに換算できます。
これに対して、65歳以降の高年齢求職者給付金は 老齢年金と併給可能。年金は満額受給を続けたまま、加えて一時金(基本手当日額 × 50日)を上乗せで受け取れます。
「基本手当ルートのほうが72万円多いはず」だったCさんでも、年金が18万円/月で半年止まる前提だと差し引きで赤字に。年金が止まるか止まらないか ── この一点で結論が動きます。
違い④:再就職要件の重さ
これは制度設計というより運用の話。
基本手当の受給中は4週ごとの認定日に「失業の状態にある」「求職活動を行っている」を申告し続ける必要があります。求職活動が不十分と判断されればその回の認定は不支給。月2件以上の応募・面接・職業相談などが実務上の目安です。
高年齢求職者給付金は、求職申込みの時点で受給資格が決まり、認定後に一括支給。受給後の継続的な求職活動の証明は不要です。「再就職する気はあるけれど、自分のペースで動きたい」という方には、手続きの簡単さが地味に効いてきます。
試算ケース:年金月額18万円を含めて比較
20年勤続・月収40万円・基本手当日額7,200円のCさんが、月額18万円の老齢厚生年金を見込んでいるケースで実際に並べてみます。
ケースA:64歳11ヶ月で退職(基本手当ルート)
- 基本手当:7,200 円 × 150 日 = 1,080,000 円
- 年金停止期間:約 6 ヶ月(受給期間中)
- 停止される年金額:18 万円 × 6 ヶ月 = ▲1,080,000 円
- 実質増額:0 円
ケースB:65歳0ヶ月で退職(高年齢求職者給付金ルート)
- 高年齢求職者給付金:7,200 円 × 50 日 = 360,000 円
- 年金停止:なし(併給可能)
- 実質増額:+360,000 円
このケースだと 65歳到達後の離職のほうが約36万円の経済的優位性 が出ます。年金停止のマイナスが、基本手当の増分をちょうど打ち消してしまうためです。
逆に、年金月額が10万円台前半の方や、被保険者期間が短くて基本手当の受給期間が3〜4ヶ月で済む方は、64歳までの離職が有利な側に倒れます。ねんきんネットで自分の見込み額を出してから判断するのが安全です。
「64歳11ヶ月退職」の落とし穴
雑誌や YouTube で「65歳直前に辞めるのが得」とよく言われますが、実態としては3つ気をつけたい点があります。
離職票の発行に時間がかかる — 会社からハロワへの離職証明書提出を経て、本人に離職票が届くまで通常2週間〜1ヶ月。「64歳11ヶ月で退職して65歳前に求職申込みを完了させる」というスケジュールは、書類遅延であっさり崩れます。マイナポータルでの離職票電子受取(2025年1月〜)に対応している会社なら最短で済みますが、未対応の会社のほうがまだ多数派です。
再就職する気がないと150日は取り切れない — 基本手当を満額受給するには所定給付日数の期間中ずっと求職活動を続ける必要があります。実質「もう働く気はない」という状態で書類だけ整えるのは難しく、不認定で支給されない月が出てきます。
年金繰下げという選択肢もある — 年金は月単位で受給開始時期を後ろにずらせて、繰下げると最大75歳開始で184%まで増額されます。基本手当を取りに行く間だけ年金を一時的に繰下げる手も理屈の上ではあり得ます。長期の収支まで含めて検討する価値あり。
あなたのケースを試算する
シミュレーターでは基本手当ルートの目安額(被保険者期間・賃金日額・離職理由から計算)が確認できます。ねんきんネットの年金見込み額と並べて、どちらのルートが手取りで多くなるかを判断してみてください。