「退職したんだから失業保険はもらうもの」── 多くの人がそう思っていますが、転職先がほぼ決まっている人や、その後も長く勤め続けるつもりの人にとっては、あえてもらわないほうが生涯の総受給額が増えるケースがあります。
失業保険を一度でも受け取ると、それまで積み上げた被保険者期間がリセットされる仕組みになっているからです。次に辞めるときの給付日数を決めるのは、リセット後にゼロから積み直した期間だけ。10 年積んでいたものが、たった 1 回の受給で消えてしまうわけです。
「もらう」と「もらわない」で何が変わるのか
退職時に失業保険をどう扱うかで、長期的な総受給額は次のように変わります。
もらう選択 — その場で生活費の補填が入る代わりに、被保険者期間がリセットされます。給付制限の 1 ヶ月は無支給で家計が苦しい時期もありますが、転職活動の時間は確保できます。
もらわない選択 — 即時の補填はなく、転職先で給与をすぐに確保することが前提になります。代わりに被保険者期間が通算で繰り越され、次に辞めたときの給付日数が増える可能性があります。再就職手当の対象機会も温存されます。
どちらが得かは、その後のキャリアの組み方次第。長く勤め続けるつもりか、また数年で辞める可能性が高いか、で答えがひっくり返ります。
30 歳・自己都合・5 年勤続・月収 28 万円の M さんで試算する
5 年後の 35 歳時点で再離職するシナリオで、両選択を比較します。
もらってから転職
- 30 歳離職時:90 日 × 6,205 円 = 558,450 円
- 受給後に転職、5 年勤続
- 35 歳離職時:被保険者期間 5 年(リセット後)→ 90 日 × 7,407 円 = 666,630 円
- 通算:1,225,080 円
もらわず転職
- 30 歳離職時:0 円
- 即時転職、5 年勤続
- 35 歳離職時:通算被保険者期間 10 年 → 120 日 × 7,407 円 = 888,840 円
- 通算:888,840 円
この M さんのケースでは、もらってから転職するほうが 33 万円ほど多い 結果になりました。短いスパンで見比べるなら、受給する方に分があります。
「もらわない」が有利になる 4 つのパターン
逆に、申請を見送ったほうが得になるのはこんな場合です。
パターン① 転職先で 15 年以上勤続できる見込みがある
転職先での勤続が 15 年を超える見込みなら、もらわない選択が逆転して有利になります。
例として、30 歳で 5 年勤めた人が転職し、45 歳で 15 年勤続後に会社都合で離職するケース。もらってから転職した場合は 30 歳の 90 日と 45 歳の 270 日で合計 360 日分、もらわず転職した場合は 45 歳時に 330 日分。
日数だけ見れば 30 日もらう側に分がありますが、賃金日額の差(30 歳のキャリア初期と 45 歳の管理職クラスではかなり違う)まで含めると、もらわず選択でも遜色ない総額に落ち着きます。給付制限と認定通いの手間を省ける分、実質はもらわないほうが楽というケースも多いです。
パターン② 5 年以内に 2 回目の自己都合退職をしそう
雇用保険法では、5 年以内に 2 回目以降の自己都合退職をすると、給付制限が 1 ヶ月ではなく 3 ヶ月 に戻る扱いになっています。
1 回目を受給で消費してしまうと、2 回目を「2 回目扱い」として食らうことになり、給付制限が重くのしかかります。先のキャリアで「またすぐ辞めるかもしれない」自覚がある人は、1 回目の自己都合カウントを温存する意味で、もらわず転職するという選び方があります。
ただし、自己都合カウントが受給の有無と完全に独立してカウントされるかは、ハローワークの解釈・運用に幅があります。実際に検討する場合は自分の管轄ハローワークで一度確認してください。
パターン③ 退職時点で再就職先がほぼ決まっている
退職後に間を置かず再就職できる目処があるなら、給付制限の 1 ヶ月を待つ間に発生する手続きの手間に対して、受給できる額が割に合わないケースが出てきます。
このときは「もらわず再就職、将来の再就職手当を温存」のほうが、時間あたりの効率がよくなります。
パターン④ 起業・フリーランス転向を予定している
退職して起業する場合、雇用保険ではなく 再就職手当(事業開始) の対象になる可能性があります。事業開始届を出し、6 ヶ月以上事業を継続できれば、再就職手当として一時金が支給されます。
詳しくは再就職手当の完全ガイドを参照してください。
受給する前提でも、退職時期はずらす余地がある
「もらう」を選んだとしても、退職日を少し動かすだけで総額が伸びるケースがあります。
被保険者期間の境目を越える
| 被保険者期間 | 自己都合 | 会社都合(45〜59 歳) |
|---|---|---|
| 9 年 11 ヶ月 | 90 日 | 270 日 |
| 10 年 0 ヶ月 | 120 日 | 330 日 |
10 年到達まであと 1 ヶ月、20 年到達まであと 2 ヶ月、というタイミングで退職する場合、給付日数が 30〜60 日変わります。賃金日額 6,750 円なら、それだけで 20〜40 万円の差。退職届の日付を 1 ヶ月後ろにずらすだけで動く金額です。
残業代の多い月を算定基礎に含める
賃金日額は退職前 6 ヶ月の総支給額平均で決まります。残業代が多い時期を算定基礎期間にうまく含めると、賃金日額そのものを底上げできます。
年度末の繁忙期(1〜3 月)に残業代が膨らむ職種なら、4 月退職よりも 5 月退職のほうが基本手当日額が高くなる可能性があります。
賞与は算定に入らないことを意識する
賃金日額の算定基礎には賞与は含まれません。6 月や 12 月の賞与支給月の前後で退職時期を選んでも、賃金日額そのものには影響しないということです。家計的には、賞与を受け取ってから退職するほうが手元が厚くなる選択です。
「もらわない」を選ぶときに確認すべきこと
意図的に申請を見送る場合、次の 4 点は事前に確認しておきましょう。
転職先が決まっていて空白期間が短い — 退職から入社までが 1 ヶ月以内に収まるのが理想です。長引くなら受給したほうが安全です。
生活防衛資金がある — 失業保険を当てにせず暮らせる貯蓄が確保できているか。
転職先で長期勤続できる見込みがある — 通算メリットは「次回離職時の被保険者期間が伸びていてはじめて」効いてくる仕組みです。短期で辞める前提だと、もらわない判断は機能しません。
ハローワークでの求職申込みをしない — 求職申込みをすると「受給資格決定」になり、被保険者期間のリセット起点になる解釈があります。本当に申請を見送るなら、ハロワには行かないという選択です。
詳しくは一度もらうとどうなる?を参照してください。
逆に、もらったほうが得な代表例
長期勤続の前提が崩れる人や、給付日数の手厚い区分に該当する人は、申請するほうがほぼ確実に得です。
転職活動が長引きそう — 失業期間中の生活費補填として、受給する価値が大きい局面です。
転職先での長期勤続が見込みづらい — 通算メリットが効かないので、見送る理由が消えます。
会社都合・特定理由離職者 — 給付制限なし、給付日数も多めの手厚い区分なので、受給メリットがそのまま乗ります。
定年・嘱託満了などの高齢期の退職 — 長期勤続による通算の恩恵がほぼ得られないライフステージなので、受給する判断が一般的です。
受給を見送る場合に注意すべき手続き
「申請しなければそれでいい」と思いがちですが、退職時に最低限やっておくべきことがあります。
離職票と雇用保険被保険者証は会社から必ず受領しておく(捨てない)。ハローワークでの求職申込みは行わない。即時転職して新たな会社で被保険者になる ── ここまでが基本動作です。
退職から数ヶ月経って状況が変わり、「やっぱり受給したい」と気が変わった場合も、離職日翌日から 1 年以内 であれば申請できる余地が残ります。1 年を超えるとその離職分の受給資格は消滅するので、見送り判断は定期的に見直してください。
自分のケースで損得を試算する
「もらう」と「もらわず」の損得は、現在の被保険者期間、賃金日額、退職理由、次回離職までの想定期間、次回離職時の年齢、次回離職時の賃金日額(昇給見込みを含む)といった変数で大きく変わります。
シミュレーターでは、年齢・退職理由・加入年数・賃金を入力すると、受給額と給付日数を試算できます。「もらう」を選んだ場合の総受給額を確認するところから始めるのが現実的です。